事情はあるだろうけれどまとまって安全な場所に住めないものか

事情はあるだろうけれどまとまって安全な場所に住めないものか

こんばんは。こういう災害がある度にこういうことを考えるものです。

私の住む長野県は山が多いので地滑りのニュースはよくあるのですが、今回はテレビを見たら広島で土砂崩落、多くの方が亡くなられるという大変な事になっていました。

自分は今引っ越そうとアパートを探しているのだけれど、意外と山際に家賃の安い広めないいアパートがあり、これにしようかなと思う事があります。でも例え生まれてから今までそういうことが起きていない場所でも、全くの山の際というのは、もし何か起きたらと心配で躊躇します。

日本はこれから人口が減っていくのだから、そういった危険な場所にある住宅から、徐々に都市部へ移動できないものでしょうか。もちろん住宅地をローンを組んで購入したり、畑があるので動けなかったり、生まれた土地で愛着があったり、様々な事情で移動したくない方も多いでしょう。

私などあまり自分の生まれた場所に愛着はないので拘る気持ちはありませんが、先祖代々の土地を離れないという感覚も、それはそれで普通の事だと思います。

長野県は特にそうかもしれませんが、現在はすごく山の奥まで舗装された道路があり人が住んでいます。私はそういう自然の多い場所は動植物に返して、人間は都市部に集まって住めば良いのではないかなと思ったりするのですが、これはおかしい考え方ですかね。

田畑など農業に従事する場合は、やはり耕作地の近くに居住する必要がありますが、熊や猪が山にいられず住宅地に現れることもあるので、もうちょっと人間の居住する区域を狭めてもいいような気がします。

第一その方がインフラが効率的です。道路も短くて済むし、学校の分校など少なくて済むし(即ち公務員数が削減できる)、例えば郵便局とかその他の支店とかも少なく、公共交通機関も使え自家用車の所有も減らす事が出来るし、効率的に経済的に暮らせると思うのですが、そういうわけにはいかないのでしょうかね。(効率的になり失業者は増えてしまうかもしれませんが、そこはワークシェアするとかね)

限界集落が叫ばれる昨今ですが、限界集落に人を戻そうという動きが見受けられます。限界集落は放棄して都市部に集まって暮らすという考え方はいけない事なのでしょうか。

例えば長野県は人口が200万人程度ですが、札幌市が200万人だし福岡市は150万人程度なので、長野県なら長野市、松本市と盆地のある場所に同規模の都市を構築し100万人ずつ暮らすとかそういう考え方です。ちょっと長野県の場合は平地が狭すぎるし、今度は田畑が作れなくなるとか問題有りかもしれませんね。田畑を伊那や飯田方面とか何処かに集約することも出来るだろうけど、その土地土地で出来る作物がありますからなかなか難しいですね。まあ例えです。

でも山の中に住みたいとかそういう考えを否定する気はないし自由だけれど、昔とは気象が異なって現在は異常な量の降水があったりするのだから、今後は徐々に危険な地域の住宅は移動していく事も必要じゃないでしょうか。人口が減っていくのだから、わざわざ危険な山を切り開いた場所に居住する必要はないような気がします。

この考えが行き着く所はSF小説の様なドームシティなのですよね。それもどうかと思うけど、せめて土砂崩落が発生したら本当に危ない山の際、そこには住まないようにしていく方がいいのではないでしょうかね。救出隊の二次災害など本当に不幸な事ですから。

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