皆さんあれから四年経ったのを振り返っているな

私はあの時はまだ松本市の勤務していた会社にいて、震源から距離があるので揺れ自体はそれ程大きくなかったもののゆっくりと長時間揺れたことを覚えています。

すぐに皆でネットを見ると津波の予想が10mとか書いてあり、これは何か大変なことが起こってしまっているのかもしれないと思いました。

自宅(売却したマンション)に帰るとテレビでは暗闇の中の映像が。次の日から徐々にとてつもない映像が目に飛び込んできて、被害の甚大さが露わになってきました。

前の嫁さんがその時は長野市にいて離れていたため、メールで無事を確認し合いました。

その次の日だったか、こちらは長野県以外の人は記憶に無いかもしれないけど、長野県の栄村という新潟県との境辺りで、これまた震度6強の地震があり、こちらもかなりの打撃を受けました。この栄村は大きな地震がよく起こる場所です。しかし建物は崩壊したものの人口の少ない村だったので幸いにも亡くなった人はいなかったように思います。

こんな大きな地震が続いたのでいったいどうなってしまうのだろうと、小松左京の日本沈没を思いだし不安になりました。

その数ヶ月後、今度は私の住む松本市で震度5強の地震がありました。ちょうど朝の通勤途中の車の中で、車が揺さぶられ電線がうねうねしていたように記憶しています。震度5であの揺れなのだから、東北は自分には想像もつかない揺れだったのだろうなと。

段々と怖い記憶は薄れていきますが、日本は小さい国土に4枚のプレートが複雑に集まっている珍しい場所です。日本にいる限りは地震から逃れられないことを肝に銘じ、今後の災害では被害を最小限に抑えるべく、我々が個々に備えをしておくことが必要なのですよね。

逆に言うと、現代の科学ではそれくらいの事しか出来ないのだと思います。新しく家を建てる人は出来るだけ耐震性に対する対策を。私は水や数日分の食料を置いてあるだけですが、皆さん災害で死なないように、特に悲しむ人がいる場合は生き残ることを目標にしましょう。私も死なないように頑張りたいと思います。

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『皆さんあれから四年経ったのを振り返っているな』へのコメント

  1. 名前:ひろし 投稿日:2015/03/12(木) 00:18:47 ID:cba73cd73

    当時は私も会社に勤務していて、この地震に遭いましたが、最初はまあすぐに治まるだろうと思っていたら、結構長い時間揺れていて、なかなか治まらずどんどん大きくなっていった記憶があります。それでも震度5強で、直撃された地方の方々に比べれば大したことは無いですし、これといった大きな被害もありませんでしたが、体験したことが無い恐怖でしたね。外に避難していた際に携帯のワンセグでニュースを確認していましたが、防波堤を乗り越えていく津波が車や街を押し流していく映像を見たときの衝撃は忘れられません。とても現実に起こっている事とは思えない感覚だったことを覚えています。

    テレビで千葉県の地面が液状化する問題で、地域全体の対策をしないと大きな効果が期待できないとのことですが、当然資金的なことから出来ない人もおり、難しい問題を抱えているというニュースを観ました。
    こういう場合は持ち家より賃貸の方が精神的に良いですね。

    • 名前:じゅんぺー 投稿日:2015/03/12(木) 09:04:05 ID:fcfbd8c46

      >ひろしさん
      私は直接的な被害はなかったけれど、みんなそれぞれの思いはあるでしょうし、被害に遭ってしまった方は尚更ですよね。想像もつかない大変な思いをしているのだと思います。
      液状化は個人ではどうしようもないですね。こちらも埋め立て地が多いのでどうなってしまうのかと思うことはありますね。